大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成3年(ラ)49号 決定

抗告人

井上一雄

井上八重野

井上悦男

津島洋子

美濃ミツ子

井上淳平

井上保治

右抗告人ら代理人弁護士

谷口房行

同復代理人弁護士

齊藤洌

相手方

西田鉄工株式会社

右代表者代表取締役

西田安蔵

右代理人弁護士

藤田邦彦

主文

一  原決定を取消す。

二  相手方の本件借地条件変更の申立を棄却する。

三  抗告費用は、相手方の負担とする。

理由

第一抗告の趣旨と理由

1  抗告の趣旨

主文一、二項同旨

2  抗告の理由

別紙「抗告の理由(一)」及び「抗告の理由(二)」記載のとおりである。

第二抗告の趣旨と理由に対する答弁

相手方は、「本件抗告を棄却する。」との裁判を求めたが、抗告人らの抗告の理由に対する答弁は、別紙「抗告の理由(一)に対する答弁」、「抗告の理由(二)に対する答弁」及び「相手方の主張」記載のとおりである。

第三当裁判所の判断

一一件記録によれば、以下の事実が認められる。

1  抗告人らの亡父井上栄三郎は、昭和二六年七月二〇日作成にかかる公正証書をもって、相手方に対し、原決定添付別紙物件目録記載の①の土地(本件土地)を、期間は昭和二六年七月一日から昭和四六年六月末日まで二〇年間、用途は木造スレート葺き工場用建物の敷地とし、あらかじめ賃貸人の証書による承諾がない限り、本件土地を右以外の用途に使用すること、本件土地上の建物を債務の担保に供することはできず、これに違背したとき、及び賃料の支払を一度でも遅滞したときは、賃貸人は無催告で賃貸借契約を解除できる、との約定で、賃貸した。

2  右井上栄三郎は、昭和三二年九月五日に死亡し、同人の妻リク、長男庄蔵の代襲相続である井上一雄(抗告人)、二男光次郎、長女美濃ミツ子(抗告人)、四男井上淳平(抗告人)、五男井上保治(抗告人)らが相続したが、その後、妻リク、二男光次郎の各死亡による再相続を経て、結局、抗告人ら七名が本件土地の所有権を取得し、かつ、相手方との本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した。

なお、本件賃貸借契約は、当初の期間の満了により、昭和四六年七月一日に、期間二〇年として更新され、平成三年六月三〇日となったが、さらに更新され、右賃貸借の期間は平成二三年六月三〇日までとなった。

もっとも、抗告人らは、相手方に対し、第一次的には建物朽廃による賃貸借終了、第二次的には債務不履行に基づく解除による賃貸借終了を理由として、本件建物収去及び本件土地の明渡を求める訴えを大阪地方裁判所に提起(同裁判所平成二年(ワ)第七五四二号)し、現在係争中である。

本件土地の賃料は、昭和四二年四月以降賃料額について争いが生じ、同年四月から昭和四八年三月までは一か月一万七三六一円、同年四月から昭和五一年一月までは一か月三万九〇六〇円、昭和五二年二月から昭和五五年八月までは一か月六万五〇〇〇円、同年九月から昭和六〇年九月までは一か月九万七〇〇〇円、同年一〇月以降は一か月一三万〇二〇〇円を、相手方において供託中である。

3  本件土地上には、相手方所有の原決定添付別紙物件目録②記載の建物(本件建物)が存在する。

相手方は、金属板、陸舶用汽罐等の製造販売等を目的とする株式会社であり、主に船舶用ボイラーの製造及び販売を業として、本件建物を船舶用ボイラーの製造工場として使用してきたが、昭和六二年二月頃、造船不況の影響で、船舶関係の業務を縮小し、それに合わせて、多角経営を図るため、会社の目的の中に、不動産の賃貸及び管理業を加え、今後その工場を閉鎖し、本件建物を取り壊して、その跡地に、本件土地と隣地(同所四四番一ないし六の土地1892.96平方メートル)にまたがって、南北二棟からなる鉄骨・鉄筋コンクリート造り七階及び九階建のマンション(本件土地上にはそのうち北棟七階建のマンション)の建築を計画中であり、そのために、本件賃貸借契約の目的を、非堅固建物所有から堅固建物所有とすべく、本件借地条件の変更を申立てた。

二建物朽廃による借地権消滅の主張について

1  抗告人らは、本件建物が建築後五〇年以上経過した木造スレート葺き工場であり、相手方は、壁や屋根をトタンに取り替えたり、腐食した柱を鉄材で補強するなどしているが、老朽化により、雨漏りがしたり、壁が剥れるなど、既に使用に耐えない朽廃状態にあるから、本件借地権は消滅しており、また、仮に朽廃に至っていなかったとしても、それは相手方において大規模な改修工事を行ったことによるものであり、その改修工事がなければ、遅くとも平成二年一二月三一日には本件建物は朽廃していたことは確実であるから、借地法二条一項但書により、右時点で借地権は消滅すべきものであり、いずれにしても、相手方の借地権は消滅したと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、一件記録によれば、本件建物は、建築後約五〇年を経過した木造建物であるが、柱には約二〇センチメートル角二本組みの比較的強靭な木材が使用され、屋根、側壁等も一応の維持、管理の配慮のもとに取替え、補修が続けられていて、まだ朽廃には至っておらず、むしろ、今後も、一定の期間にわたって存続し得る建物であると認められる。

したがって、建物朽廃による本件借地権消滅の主張は理由がない。

2  抗告人らは、相手方が、本件建物につき、賃貸人に無断で、(1)屋根をスレート葺きから亜鉛メッキ鋼板葺きとし、柱部分を鉄材に取り替えるなどの無断改築を行い、(2)昭和四六年一二月二二日、昭和四九年一月一〇日(設定登記は、同年一月一九日)、同年一二月二〇日(設定登記は、同年一二月二四日)に、各根抵当権を設定しているが、これらは、賃貸人の承諾なしに、本件賃貸借契約における、木造スレート葺き工場敷地以外の用途に使用すること、本件土地上の建物を債務の担保に供することはできないとの約定に違背し、また、抗告人らが、相手方に対し、昭和六〇年八月二六日、本件土地の賃料を3.3平方メートル当たり一か月一五〇〇円に増額することを申し入れ、その後同年九月七日に、右増額幅を減額して3.3平方メートル当たり一か月六〇〇円に増額することを申し入れたのに対し、相手方は、同年一〇月より、3.3平方メートル当たり六〇〇円(総額一三万円)の割合で賃料を供託しているが、抗告人らは、右金額であれば受領を拒否するものではないから、右供託は、供託すべき要件を欠き無効であり、したがって、相手方は賃料の支払を怠っていることになるとして、平成二年一〇月五日に、本件賃貸借契約を債務不履行により解除したと主張する。

しかしながら、右抗告人ら主張の本件建物改築の点については、一件記録によれば、相手方において、三〇年以上前に、本件建物の屋根を、スレート葺きから亜鉛メッキ鋼板に葺き替え、柱に鉄板を巻くなどの補強をし、その他多少の修繕をしたことは認められるが、右の程度の建物の改築、修繕をしただけでは、本件賃貸借における賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するに足りる無断増改築とは認め難い。これに反する乙第六、第七号証の記載内容はたやすく信用できない。

次に、一件記録によれば、相手方は、無断で、本件建物に、抗告人ら主張のとおり根抵当権を設定したが、他方、右各根抵当権設定登記は、昭和四八年九月二〇日、同五二年二月二五日、同五七年一二月七日に、すべて抹消されていること、そして本件建物に右各根抵当権が設定されたことにより、賃貸人に何らの損害あるいは不利益もなかったことが認められる。したがって、本件建物に右各根抵当権が設定されたことを理由として、その最初の根抵当権設定登記の抹消登記の日から一四年が経過し、最終の根抵当権設定登記の抹消登記の日から約五年近くも経過した後の平成二年一〇月五日に、本件賃貸借契約の解除をすることは、信義則上許されないものというべきである。

更に、一件記録によれば、抗告人らは、昭和六〇年八月二六日頃、相手方に対し、本件土地の賃料(それまでは、相手方において、3.3平方メートル当たり一か月四五〇円で供託中)を、一五〇〇円ないし二〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたが、相手方はこれを拒否し、以後相手方において、相手方が相当賃料と考える3.3平方メートル当たり一か月六〇〇円を供託していることが認められるところ、抗告人らが、本件賃貸借契約の解除の意思表示をしたと主張する平成二年一〇月五日までに、右賃料増額請求を撤回あるいは減額し、右供託額であればこれを受領するとの意思を相手方に表示したことについては、これに添う乙第六号証の記載内容はにわかに信用できず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はないから、相手方の右賃料供託は、一応有効と認めるべきであって、賃料不払いの債務不履行があるとは認め難い。

したがって、抗告人ら主張の理由に基づく本件賃貸借契約解除の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三そこで、本件借地条件変更の当否について判断する。

1  一件記録によれば、本件土地は、阪神電鉄千舟駅の南東直線距離で約六〇〇メートル(道路距離で約一二〇〇メートル)のところに位置し、付近一帯は、従前は、工場地帯で、中小規模の住宅が混在する地域であったが、近年は、公害規制や工場の転出政策が奏功して、居住環境が向上し、工場の転出後の跡地の利用としては、堅固な建物であるマンションの建築が盛んになっていることが認められる。

2  しかし、一方、一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件建物は、昭和一一年頃に建築されたもので、未だ朽廃しておらず、今後も若干の期間、存続する見込ではあるが、現実には、かなり老朽化していて、近い将来、朽廃する見込である。

(二) 本件建物は、もと大福機工株式会社の所有であったが、昭和二三年九月頃、相手方の代表者西田惣吉が、右大福機工株式会社から、本件建物を買い受けてその所有権を取得したのに伴い、本件土地の借地権の譲渡を受け、抗告人らの先代亡井上栄三郎が、右借地権譲渡の承諾をして、本件土地を賃借するようになった。

(三) その後、右亡井上栄三郎と相手方とが、昭和二六年七月二〇日作成にかかる公正証書をもって、改めて、賃借人を相手方として、右亡井上栄三郎が相手方に対し、本件土地を、期間は昭和二六年七月一日から昭和四六年六月三〇日までの二〇年間とする約定で賃貸する旨の賃貸借契約を締結し、ついで、昭和四六年七月一日に右賃貸借契約が更新されて、その期間は平成三年六月三〇日となり、さらに、これが更新されて、本件賃貸借契約の期間は、平成二三年六月三〇日となったが、右期間満了前に、本件建物は朽廃する見込がある。

(四) 本件土地は、もともと、相手方に対し、工場用建物の敷地として、賃貸されたもので、右工場用建物の敷地以外の用途に使用することを禁止する旨の特約があるところ、相手方は、金属板の製品の製造及び販売、陸舶用汽罐の製造販売等を目的とする株式会社であって、本件土地を賃借以来、現に本件土地上に工場用建物である本件建物を所有し、これを船舶用ボイラー製造工場として使用してきたが、前記のように、造船不況のため、その業務を縮小し、昭和六二年二月頃、本件建物における船舶用ボイラーの製造を止め、以後、本件建物の一部においてボイラー修理業務のみを行い、本件建物のその他の部分は第三者に賃貸している。

(五) 相手方は、亡井上栄三郎やその相続人である抗告人らに対し、昭和二六年七月頃、敷金一万円を、また、昭和五二年八月頃、敷金六〇万円(当時の賃料は一か月六万五〇〇〇円)を差し入れているが、それ以上に、本件土地の時価の八割ないし九割に相当するような多額な権利金や更新料を支払ったようなことはない。

3 そして、借地法八条ノ二第一項所定の借地条件変更の裁判をするにあたっては、借地権の残存期間、土地の状況、借地に関する従前の経過、その他一切の事情を考慮すべきところ(借地法八条ノ二第四項)、これを本件について見るに、前記に認定の如く、(1)本件建物は、昭和一一年頃に建築されたもので、現在ではかなり老朽化しており、本件借地権は、近い将来、建物の朽廃により、消滅する見込みであること、(2)相手方の代表者ないし相手方は、昭和二三年九月頃に、本件建物の敷地として、本件土地を賃借し、それ以来現在まで、約四三年間にわたり、本件土地を賃借し続け、その借地期間は、相当長期になっていること、(3)本件土地は、もともと工場用建物の敷地として、非堅固な建物所有を目的として賃貸されたもので、右目的以外には使用しない旨の特約があること、(4)前記の如く、本件借地権は、それほど遠くない時期に、本件建物の朽廃により、終了する見込みであるのに、相手方が本件建物を取り壊して堅固な建物である鉄骨鉄筋コンクリート造マンションを建築すれば、本件土地の賃貸借契約の期間は少なくとも三〇年となり、更に三〇年後には、これが更新される見込みであること等の事実や、その他前記2に認定の諸事情を総合して考えると、前記1に認定の事情があるにしても、今、非堅固な建物である本件建物の所有を目的とする本件土地の借地権を、堅固な建物所有を目的とする借地権にその借地条件を変更することは相当でないというべきである。

四そうとすれば、その余の点について判断するまでもなく、相手方の本件借地条件変更の申立は、理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、これと異なる原決定は、不当であるから、これを取消して、相手方の本件申立を棄却し、抗告費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官高橋史朗 裁判官小原卓雄)

別紙抗告の理由(一)

一 原決定は以下のとおり事実を誤認し、法律解釈を誤り、十分な審問がなされないまま終結しており、到底容認されず、取消されなければならない。

二 本件土地上の建物の状態について

原決定は、右建物は建築後約五〇年を経過した相当老朽化したものと認めながら、未だ朽廃状態ではないと認定している。しかし右建物は木造スレート葺平家建工場であり、被抗告人は抗告人らに無断で屋根を葺替えたり、鉄材で柱部分を補強するなどしている状態であり、木造工場としては到底使用に耐えられない朽廃建物であることは明らかである。

この点で原決定は事実を誤認している。

更に、後記のとおり本件決定の前提となる借地権が存在しないことを看過している。

三 借地権の消滅について

1 原決定は、本件判断の前提である借地権の存在に争いがあるにも拘らず、その点の十分な審問を行わないまま借地権の存在を認定している。

2 まず前記二記載のとおり、建物の朽廃により借地権は消滅している(借地法第二条一項但書)。

3 仮に建物が朽廃していないとしても、抗告人らは平成二年一〇月四日被抗告人の債務不履行を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をし、これは同月五日被抗告人に到達した。

(一) 本件賃貸借契約の内容

(1) 賃借人が左の行為をなす場合は、予め賃貸人の書面による承諾が必要であり、これに違反したときは賃貸人は無催告で賃貸借契約を解除できる。

① 本件土地を木造スレート葺工場の敷地以外に使用するとき。

② 本件土地上の建物を債務の担保に供するとき。

(2) 賃借人が賃料の支払を一度でも遅滞したときは、賃貸人は無催告で本件賃貸借契約を解除できる。

(二) 右約定に違反する債務不履行の内容

(1) 被抗告人は本件土地上の建物である木造スレート葺工場を無断で木造亜鉛メッキ鋼板葺としたほか、抗部分を鉄材に取替える等の改築を行っており、右三3(一)(1)①に違反している。

(2) 被抗告人は、昭和四六年一二月二二日、同四九年一月一〇日、同年一二月二〇日に本件土地上の建物に無断で各根抵当権を設定してその登記手続をしており、右三3(一)(1)②にも違反している。

(3) 抗告人らは昭和六〇年八月二六日被抗告人に対し、三、三平方メートル当りの賃料につき金一五〇〇円とされたい旨の賃料値上げの申入れをしたが、拒否されたので、更に同年九月七日金額を下げて金六〇〇円とされたい旨の賃料値上げの申し入れをしたが、これも拒否された。

ところが、被抗告人は同年一〇月より三、三平方メートル当り金六〇〇円の割合で賃料の供託をし始めた。抗告人らは被抗告人に対し、受領拒否もしていないのであるから直接支払われたい旨申入れたが、被抗告人はこれを無視して供託を続けている。これは供託要件を欠くもので無効である。

(三) 以上のとおり相手方の債務不履行は明白で本件賃貸借契約は解除により存在しないのである。

四 被抗告人の借地条件変更申立について

1 被抗告人は昭和六一年頃から本件建物における操業を停止し、その後はこれを第三者に賃貸している。

2 被抗告人の右申立は昭和六三年二月一六日であるが、そのときの賃貸借期間は残り約三年しかなく、本件土地上の建物は朽廃し、また同建物を他人に使用させている状態であった。

3 借地法は過去において借地人の地位が不当に弱くその保護を図る目的から立法され、同法第八条の二第三項の規定も、裁判所は「当事者間の利益の衡平を図るため必要があるとき」には借地条件の変更ができるとしている。

ところで現在においては借地人を保護し過ぎて弊害が生じているため借地法の改正作業が進められており、また土地の価格(必然的に公租公課等)が異常に高騰している。

4 これらを考えれば被抗告人は現代に合致しない過度に保護された立場を悪用し金儲けのために本件申立を行ったもので本件申立が被抗告人の権利濫用であることが明らかである。

5 原決定は現状を正しく認識しないまま、貸主の利益を不当に奪い、借地人であることを主張する被抗告人を不当に利する判断をしているのであり、これは右借地法第八条の二第三項の規定に反し、利益の公平が図られていないことが明白であり、原決定に法律解釈の誤り、判断の誤りが存することは明らかである。

抗告の理由(二)

一1 借地条件変更申立には借地権が存在することが当然の前提となっていると考えられる。何故なら、借地権を有しない者には条件変更の申立適格はないからである。

2 本件で被抗告人は借地権を有していないから条件変更の申立権そのものを有していないのである。その理由は、抗告人の第一審における平成二年一〇月一二日付準備書面記載のとおりであるが、さらに左の事実を付加する。

(一) 仮に、抗告人の解除の意思表示が解除の効果をもたらさないとしても、被抗告人は昭和四六年頃に抗告人らに対して、本件建物が老朽化して雨漏りがしたり、壁がはがれる等するため、工場として使用するのに困難であるので本件建物を収去して新築したいと申し入れてきたが、抗告人らはこれを拒否した。その後被抗告人は抗告人らに無断で腐食した柱を鉄骨に取換え、壁や屋根をトタンに取換える等しているものである。これに対して抗告人らが被抗告人に対し勝手にそのようなことをされては困まると苦情を呈したが、被抗告人はこれを無視して右工事を進行したため、抗告人らとしては実力的にこれを阻止することはできないため、工事を停止させることはできなかったものである。従って、現状の本件建物は、相当大規模な改築工事をされた後のものであるが、これも現状では検甲第一ないし五号証の如く朽廃状態である。仮に朽廃状態でないとしても、原決定の根拠となった鑑定委員会の意見や原決定にもある如く、相当老朽化したものであることは否定できないのである。

(二) 従って、仮に本件建物が朽廃していないとしても、大規模な改築工事がされなければ遅くとも平成二年一二月三一日には朽廃していることは確実であるので、借地法第五条一項後段、第二条一項但書により、被抗告人の借地権は消滅していることは明らかである。

二1 仮に抗告人らの以上の主張(朽廃解除)が全て認められないとしても、本件借地権の存続期間は平成三年六月三〇日がその終期である。本日を除けば残り二日間のみである。

被抗告人は本件土地上の建物を全く使用しておらず、他人に賃貸して賃料を取得しているのであり、被抗告人には本件土地を利用する必要性は全くないのである。

2 被抗告人は、本件土地とこれに隣接した四四の二、三、四、五、六の土地上に七階建の高層マンションを建築する計画であるとして、本件借地条件変更の申立をしているのであるが、これは全くの虚偽である。被抗告人には条件変更申立書添付図面の如き高層マンション建設の資金力は全くなく、右図面は本件申立のために適当に作図されたものである。

3 さらに本件土地に隣接する四四の二、三、四、五、六の各土地の賃貸人である件外八木某氏に対しても本件同様の申立をしたが、この非訟手続事件は和解により終了した。この和解内容は、(一)被抗告人は右の土地の二分の一の所有権を取得する、(二)残二分の一については賃貸借契約を解消するとなっている。この結果、本件借地条件変更申立書に添付されている図面通りの高層マンションは建築不可能となったのである。何故なら、右図面通りの建物の建築は敷地面積上物理的に不可能であり、また建築基準法上も建築許可が出ないことは明らかである。被抗告人は右八木氏から取得した土地を現在貸駐車場として使用する一方、これの買主を探しているものである。他方、抗告人に対しては、八木氏の土地の二分の一の所有権移転を受けたことに味をしめて本件土地の二分の一を所有権移転せよ、さもなくば金三億円の和解金を支払えと要求しているものである。

4 被抗告人は、元々マンション建設の計画も資金力もないのにこれを仮装して、他人の土地の無償取得、或いは和解金取得目的で、本件借地条件変更を申し立てているものである。このことは本件申立に先立ち、被抗告人が抗告人らに対して件外阪神住宅に本件借地権を売渡したいからこれを承諾せよと申入れてきたことからも窺える。

以上より、被抗告人の権利濫用は明らかである。

三 本件の原審決定は、実質的な判断を全くせずに、鑑定委員が条件変更を認めるべしとの結論を出している故にこれに従ったものとしか考えられない。しかしながらこの鑑定委員たるや正にお粗末の一言につきるとしか評価できない。意見書とありながら結論のみの羅列であって、どのような理由でその結論が出たかについては全く触れられていない。これでは専門的知識を有する者の意見とはとても評価できないのである。このような意見書なら書き方の書式さえあれば誰にでも作成できるものであると考えられる。借地非訟事件手続規則三〇条二項では「裁判所は鑑定委員会に対し、前項の意見につき説明を求めることができる」となっている。原審において抗告人からこの意見聴取の申出をなしたにも拘らず、これは無視されたまま決定が下されたのである。当審においては是非とも意見を聴取した上これを告知していただきたい(右規則三〇条三項)。

四 借地法で借地条件変更の申立権を認めている趣旨は、あくまでも土地の有効利用の観点からであろうと考えられる。これは借地人がその借地権の存続期間内に借地を有効利用しうるためのものであることもまた当然である。このために借地期間の多少の変更を認める趣旨であると考えられる。

しかしながら本件の被抗告人は、過去四〇年近く本件土地を工場用建物所有のために使用収益し、その借地権の存続期間もわずか三年四箇月位となった昭和六三年二月一六日になって本件申立をしているのである。しかもその目的は高層マンション建設のためとの理由である。これは実質的には借地条件の変更ではなく新たな賃貸借契約の締結を申し入れているのと同様である。

五 憲法第二九条では私有財産制がうたわれている。この私有財産の使用方法の一つとして賃貸借もあるのである。賃貸借というのは賃貸人からすれば期限後、つまり一定の期間経過の後返還されるとの保証があるからこそ貸すのである。原審の如く、さしたる理由もなく期間満了に際し、長期間の期間延長を認める考え方からすれば、私有財産は単なる賃料収取権でしかあり得ないこととなる。公共の福祉つまり公共的利益のためにならともかく、そうでないばあいに右のような考え方をすることには、司法権の名のもとに被抗告人個人の経済的利益を図り、ひいてはなし崩し的に私有財産制の内容を変更する結果を招く危険性があるが、このことに原審が気付いているとは到底考えられない。

憲法の解釈も時代の変化と共に変更し得ることは否定できないが、時代の変化に気付かず前例を踏襲しようとするのは実質的には時代に逆行するものである。

以上より、原審の決定は事実認定を誤り、法令の解釈を誤ったもの以外のなにものでもない。

抗告の理由(一)に対する答弁

一、抗告理由一は争う。

二、同二は争う。

建物が十分使用に耐え得ることは、鑑定意見書のとおりである。

現在、被抗告人は本件建物を賃貸し、同建物は他の第三者によって使用されているが、何ら朽廃による危険もない。

三、同三のうち、

抗告人らより、平成二年一〇月四日付の契約解除の意思表示を記載した書面を受領した事は認めるが、その余は争う。

1、無断改築

被抗告人は、三〇年以上前にスレート葺屋根を亜鉛メッキ鋼板に葺替えたこと、その他多少の建物修繕をしたことはあるが、その後抗告人先代より何の異議もなく現在に至っているもので、抗告人主張のような無断改築といえるものではない。

2、無断担保設定

抗告人ら主張の抵当権を設定したことは認めるが、昭和五七年一二月七日までに全て抹消済である。

本来、借地契約においては、建物に担保設定することは、地主の権利になんら影響するものでなく、借地人が自由になしうるものである。

3、供託要件の欠陥

抗告人らの主張事実は争う。

抗告人らは同日頃、従来の坪当り四五〇円に対し二〇〇〇円にする値上げを要求してきたが、被抗告人は拒否し、正当と思われる坪当り六〇〇円の供託を続けているものである。

抗告人らは右二〇〇〇円以上の要求を下げたことは一度もなく、被抗告人の右六〇〇円の賃料の受領を拒絶しているものである。

供託要件は有効である。

4、右1〜3の事由は、いずれも前記平成二年の契約解除の通知の時期から、抗告人らが突然主張し始めたものに過ぎない。

四、同書面四のうち、

被抗告人は、昭和六二年三月頃操業を停止し、第三者に賃貸していることは認めるが、その余は争う。

本件建物は、十分使用に耐え得るものであり、被抗告人会社は同建物又は借地権の将来の利用方法を検討中の段階で、本借地非訟事件の申立は、右の借地権を有効に活用するため、法によって認められた正当な権利を行使しているものである。

抗告の理由(二)に対する答弁

一、同書面一、1、2の主張は何れも争う。

二、同書面二、権利濫用の主張は争う。

被抗告人は、堅固建物の建設計画を有し、資金力も十分備えているものである。

三、同書面三は争う。

鑑定委員会の意見は正当である。

四、同書面四は争う。

被抗告人は本件借地権を有効に活用するため、法によって認められた正当な権利を行使しているものである。

五、同書面五は争う。

前項のとおり、被抗告人は正当な権利を行使しているものであり、抗告人の主張は独自の見解に過ぎない。

原審の決定は正当である。

相手方の主張

一、本事件の経過

被抗告人は昭和六三年二月一六日、借地上の建物について、建物の構造に関する借地条件の変更を求めて本件申立をなした。

その後、右事件は審尋期日を重ね、平成二年二月二六日に、被抗告人の右借地条件変更を認める内容の鑑定委員会による鑑定意見書も提出された。

その後、和解手続が続行し、同年六月二九日頃に双方間で、「被抗告人が相手方(抗告人)らより、本件土地の二分の一の所有権を取得し、相手方らに対し、金二、〇〇〇万円を支払う」内容の合意がまとまり、右和解調書作成のため抗告人らが本件土地の分筆測量図面の作成に入った。

そのため、被抗告人も測量立会いに応じた。

ところが、相手方は同年一〇月一日に至り、右合意をくつ返すと共に、当時の非訟事件の相手方(抗告人)らの代理人が突如、辞任し、現抗告人代理人が就任した。

右非訟事件は結局和解不能ということで、同年一〇月二三日に結審した。

二、抗告人らの建物朽廃の主張に対する反論

1、昭和四二年頃に、製品の大型化に対応するため、被抗告人が借地している本件土地の隣接地上の木造工場建物を鉄骨造りに建替えした時に、同時に本件建物も鉄骨造に建替えようと抗告人に申し入れたが断わられた。

その為、隣接地上の建物のみ鉄骨造に建替えた。

即ち、抗告人ら主張の様に、老朽化、雨漏りのため、本件建物を工場として使用するのが困難という理由ではない。

本件建物の主要構成部分である柱・梁・土台等は、現在も当初のまま現存しており、抗告人主張のように腐触している事実はない。

もともと、前建物所有者の大福機工(株)の時代は、三〇トンのクレーンを使用していたのであり、その重力に耐え得る構造の柱・土台を有している(二〇センチ角二本組の比較的強靭な木材が使用されている―鑑定意見書五項)。その強度は通常の町工場の比では無い。

ちなみに、被抗告人が使用していたのは、三トンクレーンである。

火力や車輌接触の保護のため、約二〇本の柱のうち、四〜五本を鉄板で保護しているものがあるが、これは構造上のものではない。

また当初のスレート屋根を亜鉛メッキ鋼板(トタン板)に葺き替えたことはあるが、通常の修繕の範囲内で、大規模な改築工事などと言えるものではない。

したがって、抗告人らから今まで何の苦情もなかった。

なお、本件賃貸借契約には、増改築禁止条項は存在しない。

2、検乙一、二の各写真は、隣接の建物の取壊し及び土地の原状回復工事の状態を示すものであるが、現況は検甲1〜9のとおりである。

本件建物は、現在奥の部分を被抗告人が使用し、入り口側の部分を自動車の販売・修理業者に、本件紛争の解決までの間の約束で、一時的に賃貸しているが、この使用状況から判断しても、本件建物は将来に渡って十分使用に耐えるものである。

ちなみに、鑑定意見書では、「地上建物は、築後約五〇年を経過した木造建物であるが、柱には約二〇cm各二本組みの比較的強靱な木材が使用され、屋根、側壁等の波板等も一応の維持・管理の配慮の下に取替・補修が続けられているものと観察され、朽廃に至っているとは認め難いと判断される。」とされている。

三、被抗告人会社は、昭和一八年七月に設立された株式会社であるが、主として、船舶用のボイラーの製造・販売を業としていた。

ところが、造船業界の構造不況のため、昭和六二年二月頃に業務を縮小、変更し、現在は本件建物の一部を利用してプレス機等を使用して、納入製品の修理等の従来の業務を続ける外に、遊休土地を利用しての貸しビル経営等の事業を行っている。

四、本件計画に対する抗告人らの非難に対して

被抗告人会社は、業務縮小後は前記修理業と不動産業とを、今後の営業方針の柱として企業努力しているが、現に第一号として、兵庫県西宮市門戸荘に三階建テナントビル二棟を昭和六四年に完成し、現在営業中である。

甲第六号証の本件計画も、同じ設計事務所に依頼して検討しているものである。

隣接地については、本件係争の解決と関連して利用方法を検討しているが同地の問題を切り離しても、本件建築計画が法的にも十分に可能であることは、前記設計事務所とも協議済である。

自社所有不動産を利用しての資金計画も取引銀行と相談済であり、抗告人らは何等の正当な根拠なしに以上の本件計画を非難するものである。

また隣接地との係争時に、本件土地を含めての解決の一手段として阪神住建その他に相談したことはあるが、あくまで抗告人らや隣接地主を含めたもので、非難される理由は無い。

更に抗告人は鑑定意見書についても非難するが、同所は近隣取引事例も調査し、周辺の土地利用状況等も詳細に説明されており、算定根拠も具体的でなんら非難すべき点はない。

ちなみに、同意見書四項は本件土地の周辺人口が増加し、工場等の撤去後地の新建築の動向として、マンション建築が盛んとなっている点を指摘している。

五、抗告人は、借地権の存続期間が終了した旨主張する。

しかしながら本件建物は現存しており、被抗告人会社は企業として存続していくため、重要な本件借地権を必要としており、その為に借地法上認められる権利を有効に利用しようとしているものである。

抗告人の非難は同法の精神を無視するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例